第3章
3.1 考察

1.周波数特性調査の考察
 筆者は純粋に,CDの再生音声周波数特性をはるかに超える,DVD-Audioの世界を楽しみにしていた。しかし,その期待は裏切られてしまった気がしてならない。筆者が今回の調査で購入したDVD-Audioソフト全てにおいて,標記された96kHzサンプリング/24ビット量子化がフルに活かされたものは,DVD-Audioのデモンストレーション版というべきサンプルAの一部のトラックだけであった。
 他のDVD-Audioソフトは全て,最大で48kHzサンプリング程度の特性しかえられていなかった。2.4〜2.7の調査結果からわかるように,明らかに高周波成分を含んでいない状態でマスタリングされているようである。
 確かにサンプルCやサンプルDのディスク仕様を見ると,『ステレオ(PPCM 96kHz・24bit Mastering)』というように明記されている。マスタリングとは,DVDの原盤を作成する工程のことであり,スタジオなどで最終的な編集作業(プリマスタリング)を指す場合もある。すなわち,DVD-Audioソフトの原盤が96kHz/24bitで記録されていることを示しているだけであり,収録時からの全ての工程において,96kHz/24bitの高品質が維持されているとは限らないことを示していると考えられる。

2.音質向上はプラシーボ効果だったのか?
 1章でも少し触れたが,96kHz/24bitをフルに活かすためにはレコーディングからマスタリングに関する全ての機材が,これに対応していなければならない。マイク,ミキサー,MTR(Multi Track Recorder)をはじめとするレコーディングシステムなど全てが対象となる。筆者の記憶では,48kHz/24bitあれば十分というプロフェッショナルの言葉を耳にしたことがある。
 その意味では,筆者が音質向上を体験することができたのはプラシーボ効果ではなく,むしろ24bit化による効果であると考えることができる。本調査環境では24bit化の効果を工学的に調査することはできないが,次の2つの指摘によって音質向上を説明することができる。

A. 24bit化の効果
 従来の16bit量子化では約96dbのダイナミックレンジを得る。これに対し,DVD-Audiioに収録可能な24bit量子化では約144dbとなり,256倍程度の解像度向上が期待できる。このことは,特に緩やかに振幅が変化する低周波成分で顕著に作用する。緩やかに変化する振幅は16bitでは標本間の段差が大きくなる。この段差をまたぐ瞬間は理論上非線形であるが,実世界では非常に高い(無限大の)周波数成分の振幅変化となる。実際には一瞬であるし,補間技術やD/Aコンバータ,アンプフィルタの特性などによってフィルタされるため,大きくてもノイズ程度の影響しか発生しないが,低周波音声の再生に高周波成分が含まれる可能性があるのは,品質に影響を与えかねない問題である。しかし24bit化されると図55のように階段の段差が小さくなり,原音に近づけることができる。心配される高周波成分の発生はさらに抑えられ,よりリアルな再生が可能になる。
図55 24bit量子化による音質向上の概念

B.アップサンプリング時の補間技術
 48kHzサンプリング周波数で録音された音声を96kHzにアップサンプリングする際,補間技術を適用すると,特に高周波領域の音質の向上が見込まれる。単純なアップサンプリングでは波形は変化しないが,図56のように補間技術を用いて振幅の変化を滑らかにすることにより,原音に近い音声再生を実現することが可能である。本調査で使用したサンプルが,このような技術を適用しているか否かはわからないが,筆者が音質向上を体験できた理由の1つとして推察することができる。
図56 アップサンプリングによる音質向上の概念

3.総論
 本調査では周波数特性を解析することによって音質向上を確認するものであったが,実際には24bit化による効果が大きいと推察される結果となった。ただし,本当に24bit量子化の効果が得られるように録音され,マスタリングされているかどうかは依然として不明である。周波数特性から判断されることと同様に,24bit量子化の効果を得るためには,一連のシステムが全て24bit対応でなければならない。そう考えると,やはりプラシーボ効果によって音質が向上したと思い込んでいるのかもしれない。
 (※1)量子化については現時点で推測を脱することができないが,プロフェッショナルにおいても24bit環境は比較的早く整えられていると思われる。先に述べたとおり,24bit量子化による効果は多くのプロフェッショナルでも認識されていたからである。よって,プラシーボ効果と断定するのは適切ではなく,むしろDVD-Audioの本領の一部を体験することができたと述べたほうが,今回の調査報告の総論として自然であると考えている。
 しかし,消費者の立場としては納得できない気持ちが大きい。DVD-Audioユーザのほとんどは,音にこだわりを持つヘビーユーザであるに違いない。DVD-Audioのハードウェアは10万円前後から100万円を超えるものまであるのに,その性能を活かしている"つもりだった"可能性が指摘できるのである。
 DVD-Audioにはマルチチャンネルによる臨場感の向上もあるため,一概にDVD-Audioを否定したいとは思わない。確かに音質は向上し,十分に聞き応えのある豊かでより自然な音場感と空気感を体験することができる。近年では,ますます身近な存在になりつつあるDVD-Audioだけに,今後の発展をますます期待していきたいと考えている。

※1:2004年5月20日追加修正
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